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横浜地方裁判所 平成5年(ワ)1206号 判決

原告

沢口和善

右訴訟代理人弁護士

野村和造

大塚達生

田中誠

福田護

鵜飼良昭

高田涼聖

岡部玲子

被告

大申興業株式会社

右代表者代表取締役

櫻井巌

右訴訟代理人弁護士

武藤澄夫

島進

主文

一  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、平成四年一一月一四日以降一か月三四万二七九〇円の割合による賃金を(ただし、平成六年三月以降の分は毎月二八日限り)支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

本件は、バキュームカーの運転手として被告に雇われ、し尿の収集運搬に当たっていた原告が、業務の縮小等を理由に解雇を通告されたため、被告に対し、その解雇は、解雇事由がなくしてなされたものであるから解雇権を濫用するものとして無効であると主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、解雇の翌日である平成四年一一月一四日以降一か月三四万二七九〇円の割合による賃金の支払を(ただし、平成六年三月以降の分は毎月二八日限り)求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  被告は、横浜市から委託されて同市内のし尿の収集運搬業務を行っている会社であり、原告は、平成三年九月一七日に被告に雇われ、以後右業務に従事していた者である。

原告の本件解雇直前の平均賃金は一か月三四万二七九〇円である。また、被告における賃金支払日は毎月二八日である。

2  被告は、岩崎日出男の経営するいくつかの同族会社(岩崎グループ)の一つであり、平成四年一一月一三日当時、横浜市瀬谷区宮沢町に営業所を置き、岩崎日出男の子の岩崎満が代表取締役に、岩崎日出男ほか四名が取締役に就任していたほか、監査役が一名就任していた(商業登記簿上は、本件解雇直後の同月一八日、岩崎日出男と岩崎満が取締役を辞任し、櫻井巌が取締役となり、代表取締役に就任した旨が登記されている。)。

3  被告は、従前一〇台のバキュームカーを保有して横浜市からの受託業務を処理していたが、公共下水道が普及し、し尿くみ取り世帯が減少したことに伴い、その受託業務も減少したため、同市の方針に基づき、昭和五八年、昭和五九年、昭和六一年、平成元年、平成二年、平成四年の各一〇月にバキュームカーを各一台ずつ減車したので、平成四年一〇月には四台に減少していた。

減車に伴い、従業員も減少し、同年一一月一三日当時においては、所長櫻井巌(現代表取締役)のほか、原告を含む運転手四名、助手一名と事務員一名が雇用されていたが、このうち、櫻井所長は、岩崎グループに属する横浜環境保全株式会社の営業所長に出向していたので、営業所長の事務は、同じ岩崎グループに属し、被告と同じ場所に営業所を置き、同じくし尿の収集運搬を業としている岩崎清運株式会社の営業所長本荘好信が処理していた。

4  被告の就業規則一六条一項三号は、「事業の縮小停止等止むを得ない業務の都合により必要がある時」には従業員が解雇されることがある旨を定めているところ、被告は、平成四年一一月一三日、原告に対し、就業規則の右規定に基づき、右同日限り解雇する旨の意思表示をした。

二  争点

本件の主な争点は、原告について就業規則の右規定に定める解雇事由が存するといえるかである。

この点についての当事者の主張は、次のとおりである。

(被告の主張)

被告は、バキュームカーの減車が進むに連れて多額の損失を生じ、その繰越損失は、昭和六三年五月末日で五三二万五九一七円、平成元年五月末日で九九六万〇五三七円、平成二年五月末日で九一七万七一六七円、平成三年五月末日で五九二四万〇一二八円、平成四年五月末日で四四二〇万九六二〇円に及んでおり、将来これが好転する見込みはない。被告の有している人的物的設備は他の業種に転用することが困難なものであるから、受託業務の減少に伴い、いずれ全員を解雇しなければならなくなるが、多人数を一時に解雇すれば激しい労使紛争が起きるものと予測される。これを避けるためには、今から順次人員整理をしていくほかない。

そこで、被告においては、平成四年一〇月に整理基準を設けて被解雇者の選定をしたところ、原告がこれに該当したので、いずれ原告を解雇するものと決めていた。その後間もなく、被告は、原告が警察当局から注目されている人物であることを知った。それがどのような理由で注目されるに至ったのかを知ることはできないが、一般社会においては、そのような人物は雇用関係を継続するのに適さないものと考えるのが経験則である。さらに、同年一一月一二日の朝就業時間前から就業時間内にかけて、原告が被告の施設内で許可なくビラを配布した。これも施設管理権の侵害や職務専念義務違反としての違法性は特に強いものとはいえないが、解雇の時期をいつにするかを判断するについては重要な事柄であるので、これらの事実を考慮した結果、同月一三日、本件解雇したものである。

このように、被告は、原告が総評全国一般労働組合神奈川地方連合(以下「地連」という。)に加入する前から原告を解雇することを決めていたのであって、原告が地連に加入したから解雇したものではない。

(原告の主張)

本件解雇は就業規則一六条一項三号に定める整理解雇の要件を満たしていない。すなわち、被告の決算書上は累積損失があることになっているが、被告は、肝心の損益計算書すらも証拠に提出せずその損失発生の原因を全く明らかにしていない。被告は、横浜市からこれまで毎年八〇〇〇万円を超える委託料の支給を受けているほか、減車をする都度、転業・転職援助金の支給も受けているのであるから、本来被告の主張するような多額の損失が生ずるはずはないのである。被告は、平成四年一〇月の減車後も年間九七七七万六〇〇〇円の委託料の支給を受けているのに、横浜市の委託料算定基準とする人数バキュームカー一台当たり二・五人を下回る人数で委託業務を処理しているのであるから、同月の減車後においても、原告を解雇しなければならないような経営上の必要性はない。のみならず、仮に決算書に掲げるような多額の損失が生じたとしても、それは、少ない年でも年間三〇〇〇万円を超え、多い年では年間四〇〇〇万円近く支払われる役員報酬が主な原因であることは明らかであるから、この報酬額を減額することにより経営内容を改善して解雇を回避することはできるはずである。したがって、本件解雇は、これらの点において整理解雇の要件を満たしていない。

被告は、整理解雇を口実に、原告が地連に加盟したことを嫌悪して原告を解雇したものである。すなわち、被告は、平成四年一一月一二日朝、原告が、被告営業所において本荘所長に対して、自らが地連に加入したこと及びその理由を記載した「地連加入趣意書」を手交し、午後に地連役員が来る旨を告げたところ、二階の休憩室で待機するよう命じたうえ、岩崎日出男や代表取締役社長の岩崎満らが、特殊警棒で机を叩いたり、物を投げつけたり、大声で怒鳴ったりして脅したり、さらに、組合を辞めたら昇給させるなどと言って懐柔しようとしたりして地連から脱退させようとした。しかし、原告がこれを断ったために、本件解雇をするに至ったものである。

三  証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

第三当裁判所の判断

一  被告の就業規則の前記規定は、いわゆる整理解雇の要件を定めたものと解されるが、整理解雇は、労働者の責めによらない事由でその生活の基盤を失わせるものであるから、経営者において、解雇回避のために相当の努力を尽くした後でなければこれを行うことはできないと解すべきである。

二  被告は、減車に伴い、各営業年度に多額の損失を生じていると主張するところ、被告の各営業年度の決算書に多額の次期繰越損失が計上されていることは、被告の主張するとおりである(〈証拠略〉)。

しかしながら、被告は、逐年減車をし、業務を縮小してきたとはいえ、横浜市から業務に見合う委託料や減車に伴う転業・転職資金の支給を受けているのであるから、減車をしたからといって、それだけでこのような多額の損失が生ずるとは考えられない。特に、平成二年五月末日に九一七万七一六七円であった累積損失は平成三年五月末日には五九二四万〇一二八円にと大幅に増加しているが、被告は、損益計算書すら証拠に提出せず、これらの損失がいかなる原因で生じたのかを全く明らかにしないから、その損失が生じたからといってそれと原告の解雇とが将来の経営改善の点においてどう関係するのかも明らかでない。原告を解雇しても、受託業務を遂行するためには代わりの運転手を雇う必要があるところ、この点について、被告代表者は、アルバイトに代えることによって経費の節減を図る旨を述べているが(〈証拠略〉)、それにより節減し得る経費は、せいぜい原告に支払う賃金と新たに雇うアルバイトの従業員に支払う賃金との差額にしかすぎない。

三  本件解雇直前の平成三年六月一日から平成四年五月三一日までの年度の当期作業原価は五三三三万六八四七円でうち賃金手当が三二五一万三〇三一円であるのに対し、販売費及び一般管理費は六四二五万〇九八九円でうち役員報酬は三〇一二万円に及び、その前年度の当期作業原価は五四一七万〇三九一円でうち賃金手当が三二七七万一七九二円であるのに対し、販売費及び一般管理費は七六四〇万七八五九円でうち役員報酬は三九七二万円に及んでいる(〈証拠略〉)。この高額の役員報酬が累積欠損の主な原因であることは明らかであるから、解雇を回避するためには、まずこの役員報酬の見直しをすることが必要であり、そうすれば、原告をアルバイトに代えることにより節減することができる程度の金額を充分捻出することができるはずである。

したがって、被告においては、本件解雇当時、企業を維持、存続させるために原告の解雇を必要とする状況にあったとはいえないし、解雇回避のための努力を尽くしたともいえない。

四  被告は、し尿収集の受託業務がなくなった時点で解雇をすれば激しい労使紛争が生じるから、これを避けるためには今から順次人員整理を実施する必要があると主張するが、このような抽象的な将来の労使紛争のおそれをもって就業規則の右規定にいう「事業の縮小停止等止むを得ない業務の都合がある時」に当たるとはいえないし、原告が警察に注目されていたとの被告の主張は、それがどのようなことを意味するのかも明らかでないし、原告が朝の就業開始前後に地連に加入したことを通知するビラを配布したとの主張事実も就業規則の右規定に当たるとはいえない。むしろ、(〈証拠略〉)によれば、被告は、平成三年一一月一二日、原告が地連に加入したことを知って、脅したり、懐柔しようとしたりして地連から脱退させようとしたが、原告がこれに応じなかったために解雇したものであると認められる。

五  そうすると、本件解雇は、解雇事由がないのになされたものであって、解雇権を濫用するものとして無効であるというべきであるから、この解雇の無効を理由に、原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と解雇の翌日である平成四年一一月一四日以降一か月三四万二七九〇円の割合による賃金の支払を(ただし、平成六年三月以降の分は毎月二八日限り)求める本件請求は、全部理由がある。

よって、本件請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林亘 裁判官 飯塚圭一 裁判官 柳澤直人)

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